本 要約【人生はゲームなのだろうか? 答えのなさそうな問題に答える哲学】平尾昌宏 #1497

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Q1: 人生に「目指す終わり」がないのはなぜ?

人生には「目指すべき終わり」がないと私は思います。それは人によって人生の目的が大きく異なるからです。例えば「お金持ちになりたい」という目標を掲げる人もいれば、「平穏に生きたい」「他人の役に立ちたい」という人もいて、そのどれもが正解であり、共通のゴールにはなりません。しかも、お金がなくても幸せな人はいるし、逆にお金があっても満たされない人もいます。だからこそ、「幸せとは何か」を一つに定義することができず、結果として人生というものにはゲームのような明確なゴール設定が難しい。自分で設定した目標も、ルールも曖昧になりがちで、守り続けることが難しいです。そういう意味で、私は人生は「ゲームではない」と考えています。

Q2: 自分で設定した目標が曖昧になるのはなぜ?

自分で決めた目標が曖昧になるのは、ルールもゴールも自分でコントロールできてしまうからだと思います。例えば私は「1日1冊本を読む」と決めても、忙しい日や疲れている日は達成できず、「まあ今日は仕方ない」と自分でルールを緩めてしまうことがあります。こうした柔軟さは一見自由に見えますが、同時に目標の強制力を弱めてしまうんです。ゲームなら失敗したら「ゲームオーバー」でリセットされるけれど、人生にはそんな明確な終わりがない。失敗しても次の日が来て、罰もない。だから、自分で作ったゲーム(人生)であっても、本当の意味で「ゲーム」として成立させることが難しいと感じます。

Q3: ゲームオーバーがないことは不自由?自由?

私は、ゲームオーバーがない人生はある意味で不自由だと思います。というのも、退場するためのルールが存在しないからです。例えば自殺は倫理的に許されないとされ、尊厳死の議論もなかなか進みません。ビジネスや政治の世界でも、名声を得た人が引き際を見つけられずに「老害」と呼ばれるようになってしまう。そういう人たちが自分で美しく退場する仕組みがあれば、個人にも社会全体にもプラスになるはずです。人生において「ゲームオーバー」が任意に選べない状況は、結果的に不自由さを生んでいると私は感じます。

Q4: 退場のタイミングを決めるには?

人生における「退場のタイミング」を合理的に設計するには、個人の幸せと社会全体の幸せの両方を考える必要があります。たとえば、胃にチューブをつながれて生きながらえ続ける状態が本当に本人や家族にとって幸せなのか疑問ですし、税金でその医療費がまかなわれていることも考えなければいけません。もし、本人が希望して尊厳死を選ぶ場合、それをサポートできる仕組みが整っていれば、全体としても合理的な設計と言えるのではないでしょうか。合理的かどうかは、そうした判断が個人と社会の両方にとって納得できるかが鍵だと私は思います。

Q5: 誰が「合理的かどうか」を判断すべき?

私は、合理的かどうかの判断はその国に生きる国民がするべきだと思います。その方法の一つが選挙での投票です。たとえば、高齢者の延命治療にかかる税金の使い方について、国民全体で議論して、チューブを外すことが必要かどうかを決める。こういうテーマは、自分の祖父母だったらどうか、という視点も踏まえて、倫理的に考えることが大切です。ただし、今は技術の進歩が倫理の議論よりも早く進んでしまっているのが現実です。だからこそ、国民がそれぞれ意見を持ち、投票で意思を表明できる社会の土台を作る必要があると私は考えます。

Q6: 技術が倫理を追い越すと何が起こる?

技術が倫理の議論を追い越すと、社会が混乱するリスクがあります。たとえば、核兵器やAI兵器のように強力な技術が暴走すれば、人類の存続すら危うくなります。逆に、ライダースベイビーのような遺伝子治療も、使い方次第で病気を減らせる可能性があるのに、「倫理的にどうか」という理由で技術の活用が制限されることもあります。つまり、技術は人間を救うことも破壊することもできる「諸刃の剣」なんです。だからこそ、技術の進化と並行して倫理の議論も進めなければ、正しい方向に社会を導くことができないと私は思います。

Q7: 倫理の議論はいつ始めるべき?

倫理の議論は「いつ始めても遅くない」と私は思います。できれば技術が生まれる前から議論しておくのが理想ですが、たとえ遅れても「今からでも始める」ことが重要です。倫理的な判断が遅れれば、技術の使い方を間違えて、戦争や人類の危機につながる可能性すらあります。だからこそ、私たち一人ひとりが倫理に関心を持ち、自分の意見を育て、必要ならばそれを社会に届ける力を持つことが大事です。その基礎を築くために、国民全体で教育を通じて倫理的思考を学んでいく必要があると感じます。

Q8: 倫理を学ぶ教育はどうあるべき?

私は、学校教育では倫理と技術の関係をもっとしっかり教えるべきだと思います。今の教育は知識中心で、「この技術がどう社会に影響するか」という問いに触れる機会が少ないです。たとえばAIや遺伝子編集といったテーマを題材にして、「どんな場合に使うべきか」「どんなリスクがあるか」を議論させる授業が必要です。自分で考え、自分の意見を持ち、それを他人と比較して深めていく力を育てないと、技術に振り回されるだけになります。倫理は教え込むものではなく、自分で考えるもの。その土台づくりを、学校教育が担っていくべきだと思います。

Q9: 人生をゲーム化する難しさは?

人生をゲームのように設計することは魅力的ですが、実際はとても難しいです。ゲームには「ゴール」「ルール」「参加の自由」が必要だけど、人生はそのどれもが曖昧です。私が目標を決めても、ルールを守り続けられないことが多く、そもそもゴール自体も時間とともに変わっていきます。しかも、失敗しても「やり直し」ができるから、真剣になれない面もあります。人生をオリジナルゲームに見立てるのは面白いけど、最終的には「人生はゲームではない」と私は思わざるを得ません。

Q10: 幸せの定義はどう作ればいい?

幸せの定義をつくるのは本当に難しいです。お金があることが幸せな人もいれば、家族と一緒に過ごすことが幸せな人もいる。だからこそ、幸せを一つの型にはめることはできません。私は、幸せを「自分にとって意味があるかどうか」で測るべきだと思います。そしてそれは、時とともに変わってもいいし、人と比べる必要もない。ただし、社会全体で「これがみんなにとっての幸せか?」と問い直す場面も必要です。尊厳死や教育、医療の在り方など、社会の仕組みに関わる問題では、みんなの「幸せの感じ方」を集めて、より良い形に変えていく努力が必要だと思います。

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